桜というと ふっと思い出すのが、吉田秋生さんの漫画『桜の園』です。
そして吉田秋生さんといえば有名なのが、綾瀬はるかさん、長澤まさみさん、夏帆さん、広瀬すずさんが4姉妹役として出演されている2015年の映画
『海街diary』
の原作者であることでしょうか。
私がこの『桜の園』を初めて読んだのは十代の多感な少女の頃だったんですが、その描写の細かい意味は当時分からなかったんですよね。
ただ覚えてたのは、強烈な桜の情景の存在感。
何百本もの桜が植えられている丘の上に建つ女子高に通う、4人の少女の物語。
少女から大人の女性へと移り変わっていくことへの戸惑いと切なさ。
ずっとこのままでいたいのに、いられない。
女の子というか女性なら、誰しもこの主人公たちの誰かに似た心情に出会った事があるんではないでしょうか。
私は今回このお話を読み返してみて、大人になった今なら分かること、今になったら逆に忘れてしまったこともあるなと思いました。
『花冷え』
この章の主人公は“アツコ”。
当時の私は当然、高校生であるアツコに感情移入していたものですが、今となっては 立場的にも10歳年上で、もうすぐ結婚する予定の、アツコの姉に共感しました。
立場が変わると共感するものって変わるものですね…
アツコの姉は 結婚直前のある日、高校時代に“好きで好きでたまらなかった”人に偶然 出会い、話をしました。
その時のことを思い出してアツコに語る姉。
10年経って…あの人もそういうふうに昔の女を誘える男になったのね
あたしもサラッとかわせる女になっちゃった
もう あのぎこちないキスは 二度としてもらえないんだなって思った…
切なすぎます…
もうあの頃のあたしたちじゃない
って、
『もうあの頃は戻ってこない』
『いつまでも子供じゃいられない』
ってことかなぁ…
“あの時”の二人はもう存在していないってことの無常さ。
『花酔い』
この章の主人公は、志水ユーコ。
志水さんはいつも「しっかり者」酷い時には「ませてる」なんて言われて育ってきました。
「この子はませてるから気を付けなきゃいけないよ」
なんて…
それが罪悪感を感じながら生きなければならない原因になったんですね。
そんな中、いとこの明お兄ちゃんだけが、
「ませてる」ではなく
「おもしろい子だな、ユーコちゃんは」
と言ってくれます。
それで恋に落ちます。
でもある時、何かの拍子に
「おませさんだねユーコちゃんは」
って言われて彼女の中で何かが変わった。
お兄ちゃんと「目が 口元があの人に似ている」という、ボーイッシュな女の子、倉田さんに憧れたのは、彼女には女くさいところがないから、そういうふうに自分もなりたかった。
だから彼女にとって倉田さんという存在って、“象徴”なのか…
女になりたくない、なっていく自分が嫌、でも倉田さんにはそういうところがない、しかも彼女は「ユーコちゃんはおもしろいな」そして「おませさんだな」と言った、初恋のあの人に似ている。
叶わなかった“望み”や“憧れ”なのか…
ところで私は、この『桜の園』という中の4つのお話の中で、一番好きなのが志水ユーコが主人公のこの『花酔い』です。
いちいちエモいんですよ。
風に散る
花橘を袖に受けて
君が御跡(みあと)と思(しの)ひつるかも
忍ぶ恋の歌。
万葉集から引用されてるらしいですが、こんな感じで歌が散りばめられてて、切なく心憎い演出なんですよ。
そして満開の桜に囲まれた少女たちの、桜の園。
花びらがひらひら散って風に舞って、
いい気持ち
花の香りに酔っちゃいそう
こんなこと言っちゃうんですよ。
卑怯じゃないですか?
思春期の多感な少女の時期にこんなお話を読んだら、絶対それこそ恋に落ちますよ。
最後に
私は吉田秋生さん自体も大好きなんですが、この『桜の園』の世界観が本当に大好きなんですよ。
先程も述べましたが、何百本と植えられている桜が咲いている丘の上に建つ女子高。
下校時には「ごきげんよう」と校舎に向かって言わねばならない伝統があり、未だにそれを守っているところ。
少女から大人の女性へと変わらなきゃならないということへの葛藤、戸惑い。
今まさに思春期の真っ只中の人、私のようにもう、とうに過ぎ去ってそんな時期もあったことさえ忘れてしまった大人に、是非この桜の時期に読んでもらえたらな、と思いました。
それではここまで読んで頂きありがとうございました。
※ちなみに現在は『完全版』が出ているみたいです。